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具志ブログ(β版)

ピキーン!ときたフレーズや画像、動画なんかを俺のフィルタを通して紹介

71.本人がどう感じるか、だけじゃないの?

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昨晩、目にしたこの漫画。

感じるところがあって、ちょっとまとめる。

tabi-labo.com

作者の言いたいこと

この漫画を描いたToby Morrisさんの言いたいことは、最後のセリフだろう。

I REALLY HOPE NOT.

「生まれの違い、環境の違いによって、将来の格差が固定してしまわないほうがいいな」ということだろう。

で、これって、社会的な自由と平等みたいな視点ではいいのだけれど、本人たちはどう感じてるんだろう?

リチャードは何か悪いことしたのか?

最後のリチャードのセリフは、

「成功する秘訣は、泣き言を言わずに一生懸命努力することですね。与えられることを待ってばかりいる人にはうんざりです。僕は何も特別なものは与えられませんでしたよ」

と、いうもの。

リチャードは「恵まれているからできたことを、わかっていない」ってのが伝えたいことだろう。

さて、これ、リチャードになりきって考えたら、本人は与えられた環境で精一杯やってきただけなのに、なんで外側から「お前は恵まれてるだけだ!」と言われなきゃいけないのか?

もし仮に、ポーラと同じ環境だったとしても、同じように与えられた環境で精一杯やってたんじゃないか?

恵まれてたってのは、あくまでも相対的なもので、リチャードとビルゲイツの子供を同じように漫画にしたらどうだろう?

しかも、切り取り方として、「多くの人に囲まれてるリチャード=成功」みたいになってるけど、別の切り取り方もあるんじゃないだろうか?

例えば、心を許せる友達との親密度で言えば、リチャードみたいな立ち位置だと建前を取り繕うに、精神力を使い果たして、家族仲が悪いみたいなのも想像できる。

逆に、ポーラの方が、一緒に夢を語り合える仲間がいるって切り取り方もできるでしょう?

一場面だけで判断するのは乱暴じゃない?

最後のシーンもそうだけど、それまでの成長シーンでも、本人たちの気持ち、感情は語られていない。

本人たちがどう感じているか、こそが「成功」したかどうか、と言えるんじゃないだろうか?

どんなにお金があっても、本人が執着に囚われてたら意味ないし、お金がなくても、夢を見ながら充実して生きている人もいる。

それこそ、同じ地球上って考えれば、発展途上国で、病気一発で死にそうなところと比べれば、ポーラの方が死ににくくてハッピーなんだろうし。

なんだろう、この手の話は、「自分は悪くない、社会が悪い」を形を変えて言ってるだけで、他人のものさしで「あなたの状態は貧困って言って可哀想な状態なんだよ」ってラベリングされると、本人も「ああ、私は不幸な状態なんだ。格差のせいだ」みたいになってる気がする。

この手の漫画で「フンヌー!」ってエネルギーを燃やすより、もうちょっと創造性のあるものに、自分を楽しむ方に使った方が「幸せ」なんだろうと思うのよね。