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具志ブログ(β版)

ピキーン!ときたフレーズや画像、動画なんかを俺のフィルタを通して紹介

「正しい」答えは存在しない

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全ての「問題」は、「問題」と捉えた人によって「問題」たりえるし、その人による「答え」しかない。

前提、価値観、状態が違えば、例え同じ人でさえも「問題」「答え」ともに変わってくる。

問題の本質

全ての問題の根本は「そうではない」からスタートする。

実際にある現象を「そうではない」の見方をすることで、「問題」となる。

逆に「問題」のない見方は「全てそのまま」だったり、「問題にならない見方は何?」となる。

問題なんてない方がいい?

違う。

人類が「言語」を使う限り、「問題」は発生する。

「言語」の本質がシミュレーションだから。

シミュレーションとは現状とは違う可能性を構築すること。

それはすなわち「そうではない」ということ。

問題にとらわれるのはダメ?

「その人の資質による」としか言えない。

健康を害するのなら、悩みすぎない方がいいが、「悩む才能」を持つ人もいる。

研究者や哲学者、宗教家などは、その才能を活かした「職業」とも言える。

肉体と同様で、才能あるものが悩むと、作品となる。

正しい答えは創造するもの

勝てば官軍、勝ったものが正義となる。

つまり、自分感じる正しさを、様々な手段(暴力含む)でシェアすることが、一つの「正しさの追求」ともなる。

誰かの正しさに追随することも、一つの方法。

誰かの正しさを自分の行動で拡張するのも一つの方法。

選挙に行っても、行かなくてもいい

「みんな選挙に行こう」みたいなのも、別に「正しい」わけじゃない。

「そうではない」と感じるなら、何かすればいい。

問題と感じていないものを、無理矢理問題と捉えようとするとおかしくなる。

選挙だけの話じゃないけど。

正しさの呪縛

小さい頃から当たり前のように「正しさ」を求め続けられてきた。

そして、多くの場合、自分のじゃなくて、誰かの正しさだ。

そろそろ、この仕組みに気づいてもいい頃だ。

自分の正しさを創造していくといいね。