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具志ブログ(β版)

ピキーン!ときたフレーズや画像、動画なんかを俺のフィルタを通して紹介

他人に興味が持てない俺は、どこかおかしい?

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「愛がない」と言われて凹みました。

でも、

  • 愛ってなんだ?とか、
  • なければいけないものか?とか、
  • 愛のメリット、デメリットは?とか、

そんなことを考えていくうちに、

あ、俺は、具体的な人間よりも、抽象的なコンセプトに興味があるんだ、と気づきました。

愛って?

マザーテレサの言葉だったかな?

愛情の反対は無関心

ってのがあって、無関心の反対なんだから「関心を持つ=愛情」だな、と。

だとするなら、他人にあまり関心を持てない俺は、「愛情がない」と。

うん、その定義でいけば、そうなるね。

愛ってなければいけないもの?

愛がない=他人に関心がないってのは、そんなにマズいことなのか?

愛のメリット・デメリットで考えてみる。

メリット

  • 他人の体験を疑似体験できて、感情を動かすことができる

  • こちらから関心を向ければ、相手からも関心を持ってもらえる

  • お互いにメリットを持ちあえるのなら、相互扶助としてはたらき、安心感をもてる

デメリット

  • 意識という有限のリソースを割かなければいけない

  • 儀式化しやすい(メリットを得られないのに強制され、搾取される)

ふむ、あまり愛を広げると収集つかなくなりそうだ。

人間より、その行動や成果物に関心がある

つまり、ある行動やコンセプトに興味があるので、それをやる人自体には興味がない。

誰がやっててもいい。

だとするなら、どうすればいい?

例えば、客商売をするのなら他人への興味(愛情)が武器になる。

俺のこの関心の偏りは、客商売には向いていない。

じゃ、どうする?

商売については、自動販売機を設置することにしよう。

幸いに、そういった構造を考えることや、一般化した人という人種に関しては興味がある。

自分で直接、他人に接することは、極力へらそう。

「できない」は「できる」

ま、そーゆーこと。

〇〇できない、は、その反対のことならできてるってこと。

もちろん、全てオーケーじゃない。

自分が属する社会、組織のルールがあるから。

でも、視点を変えて、そのルールをハックする。

「自分のできる」を武器に変えられるように。

ここら辺を子供達に伝えたいな。

数少ない、俺の関心の対象に。