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具志ブログ(β版)

ピキーン!ときたフレーズや画像、動画なんかを俺のフィルタを通して紹介

「ダンサー・イン・ザ・ダーク」はそれほど暗くない

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huluでダンサー・イン・ザ・ダークを見ました。

以前から見たい気持ちと、救いのない暗い映画という噂に見たくない気持ちに揺れていて、なかなか手を出せずにいました。

で、見る、見ないで迷ってるのも、もういいかな、と。

見終わって感想としては、ちっとも暗くないし、それどころか、可能性に溢れた話じゃないか、と。

母親のワガママ

ビョーク演じる主人公セルマは、もうね、頑固という頑固。

息子の病気を治す!と決めたら、執念でもやり通す。

マジで、命と引き換えちゃう。

他人の忠告、いっさい聞かず。

子供の発育の可能性をいっさい考慮せず。

人を殺してでも、病気を治す手術を受けさせる!

これだけのために、生きて殺して死ぬ。

なんだろう、これってすごくないか、と。

かわいそうじゃなくて、羨ましい。

自らの意思を貫き通す。

俺は吉田松陰が好きなんだけど、通じるものがある。

自分の成したい何かのためには、自らの命など、一つのコマでしかない。

自分の命は二の次、三の次。

もちろん、他人の命なんて、四とか五の次。

それくらい、成したいモノに価値を見出せば、成せないコトは、ほぼないでしょう。

それって、「人類」の希望だと思うのです。

言語により設計された未来を、現実のものにするチカラ。

すごいな。

頭の中という無限の楽園

セルマの妄想も素晴らしい。

死へ向かう歩みも、妄想の手にかかれば、まるでピクニックのよう。

普通に考えれば、怖くて怖くて動けんでしょう。

死にたいわけではなく、死にたくはないけど成したいモノのために命を捧げよう、ってんです。

ある意味、神風特攻隊みたいなもん。

家族を守るために自ら死に向かう。

死を避けようとする肉体を、意思のチカラで抑えつける。

特攻隊はヒロポンというクスリで、意志のチカラをブーストさせた。

セルマは「妄想」という特殊スキルを使った。

ストーカーの思い込みと同じように、普通の人が、周りの視線を気にしてとれない行動も、取れてしまう。

行動の内容は考慮しない。

その価値観は、その場、その時で変わるものだから。

行動したか、しなかったか、で判断すれば、妄想を使うことで行動できるのは、評価できる。

歌って踊るミュージカルのチカラ

一見悲惨な映画なのに、セルマの妄想がミュージカルのおかげで、雰囲気が変わる。

どんなに絶望的でも、救いがないように見えても、歌って踊りだすと楽しくなる。

たとえ、その一時だけでも。

そのミュージカルの妄想が動けない身体も、動かしてしまう。

妄想とミュージカルの組み合わせを身につけると最強なのかもしれない。

重たい?理不尽?

いや、この程度の理不尽さは世の中に溢れていると思うよ。

人は言うほど優しくないし、より弱いモノを食って生きてる部分は多々ある。

「みんな仲良く」はファンタジーで、別にそれを否定はしないけど、現実も受け入れる。

世の中は理不尽だ!なんて言ったって、なんに変わらない。

セルマのように、固い意思で行動する人たちのデザインするように世の中は形作られる。

オリンピックを「どうしても」招致したいなら、そりゃ、袖の下も渡すよ。

その行動がオリンピック選考委員を動かすんだから、モラルとかどうでもいい。

モラルや常識なんてのは、「行動させない」ための、呪いみたいなもんだ。

「かわいそう」より、「子供の目を治す」という希望を、命をかけて貫き通した母親の意思の強さと、行動力と、それを可能にさせ妄想力をこそ讃えたい。

ショッキングなシーンは確かにあるけどね。