具志ブログ(β版)

ピキーン!ときたフレーズや画像、動画なんかを俺のフィルタを通して紹介

見たいものしか見えないことを改めて感じた

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このエントリをFBでシェアしたところ、以下のリンクにも目を通してね、とコメントがついたのでチェック。

ryukyushimpo.jp

ふむふむ、それぞれの主張を読んで感じたこと。

どちらかが正しくて、どちらかが間違えているのか?

いろいろ考えたけど、どちらも「正しい」とは言えなさそうだ。

確かに、表向きに拾える数字がすべての事実を反映してるわけでもないだろう。

かといって、カウントされてない数字を考えれば、とか言われても、そんなのどこまででも広げることができちゃう。

新聞の例だと、検挙されていない犯罪なんて、沖縄県民にも山ほどあるだろうしね。

そんなもん、知りようがない。

想像をベースに判断するなら、それはもうデータなんてどうでもいいってことになるからね。

人は見たいものを見る

科学論文とかでも、結論に都合の悪いデータは例外として処理される、なんてのを読んだ覚えがある。

また、俺自身に照らし合わせても、知らないことは知ってることで都合よく埋合せたりする。

ま、そんな生き物なんだろう。

すべてを客観的に捉えることが理想なんだろうけど、ぶっちゃけ、無理。

日本語を使い、日本語で思考するって時点で、他言語を使い思考する人とは、違うモノの見方になる。

日本人的な見方に。

同じ日本のなかでも、沖縄県民の思考に。

同じ沖縄県民でも、40代男性の捉え方に。

バックボーンを細かくすればするほど、他の人との違う考え方になる。

そして、俺自身にしっくりくるように、受け入れるんだろう。

無知の知

こないだ哲学入門書を読んで、やっぱ、ソクラテスの「無知の知」だろうな、と。

自身の思考にはバイアスがかかり、どこか歪んでいる。

正しく認識していない。

正確に知ってはいない、ということを知る。

じゃ、どうすれば正しく知ることができる?

残念だが、どうしても無理だろう。

ある事象の一側面しか捉えられていない、と。

で、無数に可能性があることを認め、誰のどんな考え方も、こういう考え方があるのか、と受け入れる。

それを多面的に繰り返すことが大切なんだろうな。

急がない

そんなことをずーっとしてたら、時間はメチャクチャかかるだろう。

あっちから見て、こっちから見て、そっちからも見て。

でも、その時間をかけた分だけ、強固な考え方になる。

まるで、細い糸をなんども、なんども硬く硬く巻きつけて、硬球やゴルフボールを作るように。

急いで答えを得ても、そんなスカスカな考えは、すぐに解けるだろう。

前回の投稿のような方法で、論文とそれを引用した論文と、またそれを発展させた論文、のように長い年月を積み重ねてきた科学は、硬い。

単純に時間をかければいいってもんでもないが、焦らず、丁寧に思考していこう。

そんなことを考えるコメントでした。