具志ブログ(β版)

ピキーン!ときたフレーズや画像、動画なんかを俺のフィルタを通して紹介

コミュニケーションは投げる側が気を使うもの

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被災地に千羽鶴を送ったら迷惑だ、の話題。

コミュニケーションでもなんでも、相手のあるものは、発信側が受信側のことを考えないと「いけない」のですよ。

送る側の条件は無限に存在する

この手の話題でよくあるのが、

「年端もいかない子供の気持ちを踏みにじるのか!」

みたいな言い分。

いや、そりゃ、確かにそんな人が送ることもあるだろうけど、それを受け取る側がチェックして、

「これは子供だから受け取って、これは自己満だから返して…」

ってやるのか?ってこと。

普段でもやりたくないのに、緊急時に?

そんなこと言い出したら、その「受け取るべき」条件は無限に存在する。

以前被災した人かもしれないし、不治の病におかされたひと、明日食べるものもない人、世界中から探せるよ。

で、そんな人を例にあげて、「受け取るべきだ!」なんて、むちゃくちゃだ。

ストーカーや毒親の心境

受け取る側のことを、想像できない人に、ストーカーや毒親がいる。

どっちも、

「あなたのことを思ってやってるんだ」

って言う。

その気持ちに嘘はないと思うけど、だからって何を送りつけてもいいわけじゃない。

受け取り拒否されるよ、ひとりよがりな贈り物は。

相手が持て余すものは受け取れるわけがない。

病人に豪速球を投げつけて、キャッチボールたのしいよね!なんて言われても、キャッチできねーし。

余裕ある方がない方を思いやる

受け取る側を理解して、受け取れるようにする。 投げる側が。

キャッチボールしたいなら。

それは、コミュニケーションも一緒。

ブログも読んでくれる人のことを考えて書かないといけない。

俺は、そこまでできてないな。 改善しよう。