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具志ブログ(β版)

ピキーン!ときたフレーズや画像、動画なんかを俺のフィルタを通して紹介

名付けると安心できる(決める訓練2)

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昨晩、長女が夜中に熱発した。

息もゼーゼーいつてるし、セキも止まらないので

「こりゃ、インフルエンザか?」

と、思った。

今年は、末娘もインフルエンザになって、
なんとなく症状が似てる感じ。

ただ、気になるのは、
呼吸時のゼーゼー感。

末娘はここまでひどくなかった。

なんだ?
本当に、ただのインフルエンザか?
もっとひどい病気じゃないのか?

一晩様子を見ようと思ったが、
不安が収まらない。

嫁さんは俺よりも不安気だ。

と、いうわけで、夜中から救急病院へ。

結果からいうと、インフルエンザではなかった。

別のウィルスによるクループ症候群というものらしい。

決して、症状が変わったわけではないのに、

「名前がついた」

だけで、安心したことに気づく。

そして、断捨離と似ているとも感じた。
スッキリとするから。

名前がついていないうちは、
アレかもしれない、これかもしれない、と、
嫌な想像ばかりが思考を占めている。

考えるための脳内メモリがメチャクチャ小さくなる。
結果、わからなさからくるパニックにおちいり、
トンチンカンな行動につながる。

しかし、名前をもらうと、安心した。
それがあってようが、間違っていようが、
名前がつくことが「まず」は大事。

間違ってたら、後で名付け直すこともできる。

名前がつくことで、対象がハッキリする。
そうすると、その対象にどうアプローチするか?を
考えることができる。

「名前をつける」ということは、
カテゴライズする、ということ。

それは、「範囲を決める」ということになる。

断捨離で、自分の価値観を決めたように、
「コレはこういうことだ」と。

そうすると、それに対する自分の行動を、
自分でコントロールできる。

長女の場合だと、薬飲んで寝ればいい、と安心できる。
自分の持ち物だと、コレは使う、コレはいらない、と。

似たようなのは、社会にもある。

自分の不安に名前をつけてくれると安心する。

例えば「不景気」とか。

自分が儲けられない理由を、
誰かが名付けてくれれば、安心する。

例えば「日本死ね」とか。

思うように働けずに、
フラストレーションが溜まってるのを、
こう名付ければ、一旦スッキリできる。

スッキリしたあと、どうするか?は、
また、別の話。


こういった、自分の身の回りのことを、
スッキリ理解できるように、
安心できるようにするために、
自分で「名付け」る。

「俺は社会に対し◯◯な機能を提供する◯◯だ」

自分自身を名付けて、スッキリしよう。
で、具体的な行動は、その名に従おう。

子供の熱発から、いろいろと気付けた。