具志ブログ(β版)

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名プレーヤー=よい指導者というわけではない理由

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「名プレーヤー=よい指導者」というわけではない理由を考えました。

単純にいうと

「名プレーヤーは言語化しない」

ということになると思います。

と、いうのも。

よい指導者は、生徒に理解させるのが上手です。
理解させるには、生徒に合わせて、
伝えかたを工夫しないといけません。

教科書で理解できる場合もあるのですが、
できない人も、もちろん存在していて、
で、そんな時は、違う方面からアプローチする必要があります。

その際に「教えるコトガラ」を
客観的に理解していないといけないです。

客観的に理解するためには、
そのコトガラを言語化する必要があるんですね。

もし「料理をおいしく作る」だったら、
何が材料か、それがどのくらいの量なのか、
どう下準備して、どう調理するのか、などなど。

で、名プレーヤーはえてして、
感覚的にそれらを理解し、 実行できるのです。
いわゆる天才肌の人達です。

ここで一つの問題があります。
言語化すると時間がかかるのです。
で、時間がかかると名プレイができないのです。

野球の名選手なんかは、
「ガーッと来た球をピュッと打つ」とかなんとかで
自分の行動を理解してます。

第三者から見たら、何が何やらです。
でも、本人からしたら、それが当たり前です。

逆に、ゆっくり言語化してると、
ボールが通りすぎてます。
名プレイができません。

指導者は客観的に見て、

こんなボールに対しては、
こんな身体の動かし方、
体重移動の仕方をすると、
こう上手く打てるんだな、

と言語化していくのです。

といっても最近は、名プレーヤーも
ビデオで自分を客観的にみたり、
コーチを鏡がわりにして、
自分を客観的に見ようとしますよね。

そんな工夫をして、
「自分自身が指導者であり生徒」というスタイルで、
より成長させることができるのですね。

で、で。

昨今のホームページやSNS、ブログやらは、
こんなシーンが増えてきたように見えます。

これまでは、自分自身を客観的に見ることがなかったのが、
記録することによって、言語化されはじめた。

きっと、人類が進化するキッカケとなると思います。  

それとは別に。

これを考えながら、マーケティングに考えが飛びました。

最近、マーケティングのセミナーを受けてきたのですが、
そこで伝えられたのは、テクニックではなく、考え方、在り方なんですね。

お客の大切にしているモノを、お客以上に大切にすること。   その結果としての行動、それこそがマーケティングである。

最初はこう感じました。   「うはー、ここらへんは完全に天才肌の人の考え方じゃん」
「何が言いたいのか、ちっとも意味わからん」

で、わからないから、
客観的に行動を記した 書籍なんかで学ぶわけですね。

こんなテクニックでお客に対応しよう、とか   こう表現すると感情をくすぐることができるよ、と。

で、またピキーン!ときたわけです。

あ、これじゃ、実際の現場じゃ対応できない(名プレイができない)わ、と。

つまり、お客さんは千差万別で、
このような言語化された テクニックをトレースしてる間に、
一つボタンをかけ間違うと、 もう信用はどっかにいってて、
帰ってこないんだろ、ということです。

学ぶことが悪いんじゃなくて、   名プレイをしたかっったら、 天才になるしかない、   と理解したのです。

理解したからといって、すぐなれるもんじゃないですけど。

ここで最初に戻ると、
「名プレーヤー=よい指導者というわけではない」 というのは、   しかたないことだよね、と みもふたもない結果になったのです。

が、だったら、役割分担するしかないよねー。

この人、つっこんでいく人。
あの人、データとって、伝えていく人。
みたいに。

チームが大事だなー、とあらためて思いました。  

言語化するのに、つかれた。