具志ブログ(β版)

ピキーン!ときたフレーズや画像、動画なんかを俺のフィルタを通して紹介

情報商材とは何だろう?(価値についてその4)

スポンサーリンク

いつもお世話になってます。
具志です。

しつこいっちゃ、しつこいね。
また、価値について考えました。

今回は「情報商材って何だろう?」ってこと。

というのも、id:Ukeyさんから、こんなコメントをもらったから。

考察するには『情報商材』という単語を広く扱ってるんじゃないかなーと。 有料noteも有料メルマガも『情報商材』として扱うとボンヤリしてくるというか。 私の『情報商材』のイメージは「ネットで必ず◯万円儲かる方法」とかいうヤツで、買ってみたら「『ネットで必ず◯万円儲かる方法』を売れ」みたいなヤツです。

どうやら、俺の定義はちょっと世間とズレてるようなので、
そこら辺をまとめてみようと思います。

以前、こんな投稿をしました

blog.gushijiro.com

この中で、

ふと、「都会の大学いって、国家公務員になるだけで年収3000万!」て情報商材あったら売れるかな?とか考えた。

いくらで売れるかな?

教育ってお金かかるけど、実質、 情報商材とかわらんのじゃないか?

みんながみんな大企業に就職できねだろうし。

という風に書いたのだけど、
俺にとっては、学校教育も
情報商材のカテゴリに入ってます。

「えー!」って声も聞こえてきそうなんだが、
「情報商材」って言葉を分解しながら考えていきます。

「情報」と「商材」に分かれるのだけど、
先に「商材」の方から。

商材って?

サクッと引用。
kotobank.jp

お金を得ることを目的として、
交換する「何か」が「商材」です。

そして、「何か」には、
形がある場合、ない場合があります。

「形がある」ってのは、
食べ物やアクセサリと交換とかですね。
スマホや車かもしれない。
マイホームとか。

製品じゃなくて、原料だと、
材木や鉄筋、布とか。

「形がない」ってのは、
マッサージやカウンセリングとかのサービス、
ソフトウェア利用のライセンスなんてのも形はないですね。

あとは、遊園地で遊んだりとかコンサートのイベントも、
「モノより思い出」って感じかな。

今回の「情報」は形がないパターンですね。

情報には形がない

一口に「情報」と言っても、定義はいろいろあると思います。

「情報とは」でググると、
こんなサイトがトップページに表示されました。

情報とは何か

この中でも、俺が考えている「情報」と似ているのは、 こちら。

梅棹忠夫

 人間は,ある情報をえることによって,つぎにとるべき行動を決める。情報が行動に影響を与えるのである。

 世の中には,行動上の利益をもたらす情報もあるが,そのような利益をもたらさない無意味情報がある。じつは大部分が無意味情報であるとみることはできないだろうか。情報にはかなりの程度,こんにゃくに似た点がある。情報をえたからといって,ほとんどなんの得もない。感覚器官で受け止められ,脳内を通過するだけである。しかしこれによって,感覚器官および脳神経系をおおいに緊張し活動する。それはそれで生物学的には意味があったのである。(『情報の文明学』)

これを情報の定義とすると、
例えば、音楽も「情報」ですね。

盛り上がってきて、勉強や掃除を頑張っちゃうかも。
もちろん、単純に聞き惚れるってのも、「価値」を感じてますね。

あとは、本、新聞、雑誌、メルマガ、ブログなんかも、
表現しようとしている「コンセプト」が本質で、
それを読者に届けるための文字列が「情報」と。

そのコンセプトに「価値」を感じるかどうかは、
また、別の話。

映画や演劇だと、文字列じゃなくて、
映像+音響の演出が「情報」ですね。

もちろん、直接的な経験談や、
経験談から抽出されたノウハウも「情報」です。

そう考えると、「科学」ってのは、
実験という経験から抽出された情報ですね。

じゃ、学校は?

俺の定義からすると、まず、
「情報」を提供しています。

そして、何のために?と考えた時、
そこには、

「経済活動を担う構成員を育成するため」
「その経済活動の結果、国家に税金という代金が期待される」

という目的が考えられます。

だから「学校も情報商材を提供している」と捉えています。

だから、無料or格安で学校出て、
ヤクザやホームレスになられちゃ困るのです。

高いコスト払って、情報を提供したのに、
リターンがなくなるから。

ま、それは置いといて。

あとは、公教育じゃない学校もあるけど、
似たようなもん。

専門学校も、
「ノウハウやスキル獲得の場を提供すること」 が売り物で、一つの情報商材と捉えられる。

その場合でも、生徒(お客)にとっては、
その成果を用いて「経済活動の一翼を担える」ってのが、
得たい「価値」じゃないかな。

目論見どおり、担えるかどうかは確かじゃないけども。

もちろん、そうじゃないって考えもアリです

学校なんて、それ以外にもいろんな機能や場があり、
「何に価値を感じるか」で捉え方もそれぞれです。

俺は、こんな考え方もできるよ、って言ってるだけで。

さて、これは、同じ構造で、
ブロガーサロン、ブログ塾あたりにも見えてきます。

で、別にいいんじゃね?ってことで。

あれ?いいの?

いいんじゃないでしょうか?
何に価値を感じるかなんて、人それぞれだし、
そこに口出ししたくないし、されたくありません。

俺は、テレビを見ないので、
ジャニーズやベッキーの話をされても、
一個も価値を感じない。

「あの人テレビ見ないんだってー」とか言われても、
ま、仕方ない。

テレビの価値を感じる人は、それで楽しんで、
俺は違うことで、楽しむ。

学校が大切だと思う人は精進すればいいし、
俺は、違う価値観を追及する。

そこらのアクセスアップの情報商材も、
価値を感じる人は、お金を払えばいいし、
俺は、自分で考えて、手を動かす、ってだけ。

告白:まとめきれなくなってきた

わはは、頭の中が混乱してきたので、
もやもやのまま、投稿します。

一旦出して、リライトします。
きっと。

今回は以上です。